pickup

RASはセルフコーチングを理解するにあたって、欠かすことができない重要な概念です。

RAS(reticular activating system )=網様体賦活系(もうようたいふかつけい)は、脳幹にあるニューロンのネットワークであり、視床下部の前方に行動を媒介するだけでなく、視床の後方にも、皮質にも直接投射して、覚醒している非同期の皮質脳波パターンを活性化します。

この説明ですんなり理解できる人は殆どいないかと思いますので、まず、一つ一つ用語の説明をご覧ください。

・"脳幹"とは、大脳半球と小脳を覗いた脳の中軸部のことで、大脳と脊髄をつなぎ、反射作用と生命維持に重要な役割を持つ部位のことです。
・"ニューロン"とは、生物の脳を構成する神経細胞のことです。基本的な機能は神経細胞への入力刺激が入ってきた場合に、活動電位を発生させ、ほかの細胞に情報を伝達することです。その際一つの神経細胞に複数の細胞から入力したり、活動電位がおきる閾値を変化させたりすることにより、情報の修飾が行われます。
・"ネットワーク"とは、通信・放送・輸送などに関し、連絡を保って網状になっている構成のことです。
・"視床下部"とは、間脳に位置し、自律機能の調節を行う総合中枢のことです。主に交感神経・副交感神経機能及び内分泌機能を全体として総合的に調節しています。
・"視床"とは、間脳の一部を占める部位。臭覚を除き、視覚、聴覚、体性感覚などの感覚入力を大脳新皮質へ中継する役割を担います。
・"皮質"とは大脳・小脳の表層を作る灰白質部のことです。大脳半球の表面を覆う灰白質の層のことを特に大脳皮質と言います。大脳皮質はニューロンの神経細胞が集中して存在していて、人間の知覚・随意運動・思考・推理・記憶・意思・感情などの高次機能を担っています。
・"非同期"とは、データを転送する際に、送信側と受信側のタイミングの一致(同期)を気にせずにデータをやり取りすることです。

用語の説明があってもまだわかりにくいかと思います。なので私なりにRASの要点を以下のようにまとめてみました。

※以下、RASに関する解釈は私個人の解釈になります。調べながら書いたものですので、大きな間違いないと思っていますが、医学を専門的に学んだ上で書いたものではないと言うこと予めご理解ください。

・脳を構成する各神経細胞はネットワーク状に繋がっていて、その神経ネットワークは無数の機能を持ち、RASは無数にある機能のうちの一つである。あくまでもRASは機能であり、物理的実態はない。
・外部の情報を受容する受容細胞は外部からの情報を電気的信号に変化させ、神経を通して神経細胞に伝達する。そしてその電気的信号は神経細胞を特定の脳波パターンで活性化させた後に、脳の中枢へ伝達する。この時、神経細胞を通過した電気的信号はそのまま中枢へ伝達されるのではなく、別の信号へ修飾されて伝達される。なんらかの電気的信号が神経細胞を経由する際に別の電気的信号に変換される一連の"流れ"のことをRASという。
・また、神経細胞一つ一つはフィードバック機能を持ち、脳波の活性化パターンや電気信号の修飾の仕方を自動制御している。
・受容細胞からの電気的信号だけでなく、脳の中枢から発せられる電気的信号も同様にRASによって修飾される。RASによって修飾された電気的信号は脊髄へ伝達され、生体の各部位に命令を行う。また、全ての電気的信号が脊髄へ伝達されるわけではなく、再び脳の中枢へ伝達され、脳内だけで電気的信号のやり取りを行いリズミカルに脳波を生じさせる。脳はリズミカルに脳波が生じている状態でなければ思考を行えないことから、思考は脳の中枢とネットワーク状に広がった神経細胞の間でテンポよく情報のキャッチボール(電気的信号の送受信)を行なっている状態であると考えられる。
・情報のキャッチボールが行われる度にRASが働いて情報は変化する。そのおかげで、外部から情報を得ずとも脳内に新しい情報を生み出し、想像を膨らませ仮想的な世界の時間を脳内で定められた法則に基づいて進めることができる。空想、目標・ゴール、不安、推測、推論、閃き、といった脳内で作られる情報は、すべて仮想現実(仮想的な世界)である。仮想現実を作り上げるだけの場合は単なる空想に過ぎないが、その空想に重要性を与えて欲望(ポジティブな情動)と紐付けた場合、それはゴールに変わる。

まだ若干複雑ですが、なんとなくRASという概念の輪郭が見えてきたのではないでしょうか?

上記を踏まえた上で、RASをハックするとはどういうことかを記述していきます。

RASをハックするとどうなるか?

RASは一般的には「RASは情報を取捨選択するフィルターのようなもの」として例えられます。その解釈は間違いではないかと思いますが、正しいとも言い難いです。「RAS=フィルター」という解釈はRASの一側面を表しているに過ぎず、RASという概念を理解するにはあまりにも言葉が足りなすぎます。

RASは常に情報を修飾して受取り、その修飾された情報をさらに修飾して発信します。修飾とはどういうことかをコーチング的に説明すると、"修飾とは情報を重要度に応じて重み付けする"ということです。

RASの神経細胞に入力刺激が入ってきた場合、その神経細胞は活動電位を発生させます。ちなみに、「活動電位が起きると」はどういうことかというと、「細胞の内外に存在する電位差に変化が生じる」ということです。細胞の内外には常に一定の電位差があるのですが、その電位差が変化する現象そのものことを活動電位と言います。電位差の変化(つまり活動電位)を利用して入力刺激(情報)を脳へと伝えます。当然、電気的信号である電位差が変化すれば当然その信号に込められた情報も変化してしまいます。これを"情報の修飾"といいます。


RASの神経細胞は「どの程度の入力刺激が入ってきたら活動電位を発するか」を、過去の経験や未来のゴールなどに基づいて決めています。何度も同じ入力刺激を受け続けると神経細胞はその入力刺激を覚えます。その入力刺激が重要性の低いものであれば、わざわざ活動電位を発生させて、不要な情動を発生させたり、認識にあげて注意を引きつけたりする必要はありません。神経細胞は過去の経験や未来に設定されたゴールから入力刺激の重要度を割り出し、重要性が低いと判断した刺激には活動電位が起きにくくなるように閾値を高めます。(閾値を高めるとは、活動電位を起こすために最低限必要な刺激の基準値を高めるということ。)同じ刺激を繰り返すと慣れるのは、閾値が高まって活動電位が起きにくくなる(刺激に鈍感になる)からです。逆に神経細胞が「重要度が高い」と判断した入力刺激の場合は、わずかな入力刺激でも敏感に察知できるように閾値を低めます。嫌な経験がトラウマとなったりするのは、閾値が低まって活動電位が生じやすくなっているからです。この場合、僅かな兆候(入力刺激)で過敏に活動電位が起き、不必要に不安や恐怖といった感情が引き起こされます。過度なストレスが健康を害するのは、ストレスによって神経細胞の閾値が狂わされるからです。"閾値が狂う"とはどういうことかというと、"日常生活に適さない閾値が標準値となってしまう"ということです。閾値の狂っている度合いが大きくなりすぎると、生命維持には欠かせない自律神経にまで影響を与えます。自律神経が正常に機能しなくなることを自律神経失調症と言います。


「RAS=フィルター」と解釈するのは間違いではないが正しいとも言い難いと言いましたが、以上のことからもわかるように、「RAS=フィルター」という解釈は若干的外れな解釈です。もちろん、RASをフィルターとして解釈した方がスコトーマなどのコーチング用語の説明もし易いですし、その解釈でも特に問題なくセルフコーチングが可能なので敢えて間違っていると言う必要はありません。本人がその解釈で納得し、信じていればそれで十分効果が出ます。しかし、「なぜ、RASは情報をフィルタリングするのか?」といった疑問を感じて信念が揺らいでしまっている人の場合は、もう少し納得の行く説明が必要になってきます。また、「RASをハックするとどうなるか?」という問いに、より正確に答えようと思うと"RAS=フィルター"という解釈をされると理解の邪魔になって不都合です。

「RASをハックする」とは、RASの機能を自在にコントロールするということです。ここでRASの主な機能は何かと言うと、「情報をフィルタリングすること」ではなく、「情報を修飾すること」です。どのように情報を修飾しているかというと、神経細胞の活動電位が起きる閾値をコントロールして情報を修飾します。つまり、RASの機能を自在にコントロールするとは、神経細胞の活動電位が起きる閾値を意図的にコントロールして情報を自在に修飾することを意味します。閾値をコントロールできれば、自律神経失調症やそれによって誘発された病気は自力で治すことが可能になります。

また、RASをハックして閾値をコントロールすれば、スコトーマのコントロールも可能ですし、コンフォートゾーンのコントロールも可能になります。「スコトーマはRASが原因で作られる」ということは、セルフコーチングの勉強をしている人であれば誰もが知っていることかと思いますが、「コンフォートゾーンもRASが原因で作られる」ということはあまり知られていません。"RAS=フィルター"と思っている人にとっては理解不能かと思いますが、ここまで記事を読んでくれた人であれば、「確かにコンフォートゾーンもRASのコントロール(刺激に対して自在に情報修飾)ができれば制御できるな」と納得できるかと思います。

RASをハックする方法

神経細胞の活動電位が起きる閾値を意図的にコントロールできればRASをハックすることができるのですが、問題は「どうやって神経細胞の閾値を変化させるか?」です。

結論から言うと、人間の場合、神経細胞の閾値は"認知の改善"によってコントロール可能です。

認知とは、高次脳機能のことで、知覚、記憶、学習、思考、判断などの認知過程と行為の感情(情動)を含めた精神(心理)機能の総称です。

「病は気から」という言葉があるように、昔から誰もが"気"によって体調が悪くなる(精神(心)よって自律神経が乱れる)ことを体感的に理解していました。現在ではそれが科学的に証明されています。(強い精神的ストレスによって脳細胞が死滅するといった事実から、精神的要因によって神経細胞はなんらかの影響を受け自律神経が乱れるのは明らかです。)

人は、習慣的に同じ刺激ばかり知覚すればその刺激に慣れます。学習すれば同じ過ちは繰り返しません。記憶や思考プロセスが変われば、同じ対象に対して違う評価を下します。評価が違えば判断やそれに伴う情動(ストレス)も変化します。知覚、記憶、学習、思考、判断、情動といった精神(心)は直接的に神経細胞に影響を与える力があるのです。

精神をコントロールすれば閾値もコントロールできます。結局のところ気持ちの問題だということです。RASをハックしたければ「本気で念じろ」「慣れるまでの辛抱」といった時代遅れのように感じられる精神論が一つの手段として有効的だということになります。

何が"異常"で何が"正常"か?

過度な恐怖や慢性的なストレスは何らかの精神疾患を誘発します。なぜ過度な恐怖や慢性的なストレスが精神疾患を誘発するかというと、不安の感情を引き出す刺激が大きすぎたり、慢性的に持続したりすると、神経細胞の活動電位の閾値が変化してしまうからです。例えば、不安の情動を作り出す活動電位の閾値が低くなると過度に不安を感じるようになります。このような状態を特に"不安障害"と言います。

「不安障害」というのは、精神疾患の中で、不安を主症状とする疾患群をまとめた名称です。その中には、特徴的な不安症状を呈するものや、原因がトラウマ体験によるもの、体の病気や物質によるものなど、様々なものが含まれています。中でもパニック障害は、不安が典型的な形をとって現れている点で、不安障害を代表する疾患といえます。

"不安"そのものが悪いというわけではありません。神経細胞の活動電位の閾値が正常でも"不安"は生まれます。不安とは心配(物事の先行きなどを気にして心を悩ますこと)に思ったり、恐怖を感じたりすることです。"不安"を感じることができなければ、未来に起こりうる可能性がある危険や、リスクに備えることができません。不安は危険から身を守るために進化によって獲得した人間のスキルです。

不安障害を患うと、健康的な生活ができなくなるほど過度に不安を感じてしまいます。例えば、不安で眠れなくなったり、不安によるストレスで過食または拒食症になったりといった感じです。健康に必要な最低限の生活が出来なくなるほど不安を感じるというのは"異常"です。逆に、正常であれば明らかに不安を感じることであるのに、アルコールや薬物などの影響で不安を感じにくくなり、不用意に危険をおかしてしまうといった状態もまた"異常"です。

ここで、勘違いしてはいけないのが、今述べた"異常"な状態とは、神経細胞そのものが異常をきたしているという訳ではないということです。神経細胞はしっかり規定値以上の刺激を感知した時だけ活動電位を起こすように機能しています。つまり神経細胞そのものはいたって"正常"な状態なのです。

神経細胞自体に"異常"がないとしたら、問題は別の場所にあります。神経細胞自体は"正常"に機能しているという前提で、もう少し俯瞰的に考える必要があります。不安障害の場合、問題は「健康を損なうこと」です。では、なぜ健康を損なってしまうほどに神経細胞は過度に不安を感じるような活動電位を起こすのでしょう?

答えは単純で、"健康というゴールの重要度が下がっているから"です。

"健康のゴールよりも重要度の高いゴールが設定されたから"と言っても良いです。拒食症を例に考えてみましょう。拒食症の代表的な原因は、"太っていると思われることの恐怖"が原因です。この場合、無意識が「健康な身体でいるよりも痩せた身体でいる方が重要だ」と判断してしまうため、不健康になる恐怖よりも太ってしまう恐怖の方が強くなってしまいます。

他の例を取っても同じです。アルコールで気が大きくなるのは、いくつかのゴールの重要度が通常時と異なるからです。アルコールを摂取し網様体が麻痺すると、理性をつかさどる大脳新皮質の活動が低下し、本能や感情をつかさどる大脳辺縁系の活動が活発になります。すると社会性といったゴールの重要度が下がり、目の前の快楽のために社会的に問題のある行動をとったりしてしまう場合があります。

健康や社会性のゴールの重要度が高い状態が"正常な状態"です。逆に、健康や社会性といった人間たらしめるゴールの重要度が低下している状態が"異常な状態"です。そういった異常な状態がなんらかの生命現象として表出してしまうのですが、そのなんらかの生命現象に対して病名をつけてラベリングし、まとめてきた歴史が医学と言えるかもしれません。

「健全なる精神は健全なる身体に宿る」という言葉が核心をついています。なんらかの病気が現れているということは、健康というゴールの重要度が下がっている証拠です。また、逆に健康というゴールの重要度が下がれば、精神(不安)は自らの身を滅ぼす方向に機能するということも忘れてはいけません。健全な身体には健全な精神が宿っていますし、健全な精神は健全な身体を作り上げます。

RASはDNAに依存するか?

生物の多くは先天的に不安を感じる能力を持っています。猿が必要異常に蛇を怖がるのは、恐竜時代の哺乳類の経験がデータとしてDNAに刻まれているからだそうです。(人もそのDNAを持っています。犬や猫が苦手な人は少ないですが、爬虫類が苦手な人が多いのはそのためでしょう。)ただし、現代を生きる人間の場合は、爬虫類に恐怖を感じたりといったDNAレベルで埋め込まれた原始的な不安よりも、生まれた後に経験し学習することで後天的に習得する不安の方が重要です。また、不安だけに限った話ではなく、多くの感情も後天的に習得したものの方が重要になります。

有難いことに、人間の脳の神経ネットワークはDNAのような先天的に埋め込まれている情報よりも、後天的に入力された情報の方に大きな影響を受け易いです。つまり、DNAによって生まれた瞬間から形成されているRASは後天的に書き換え可能であるということです。後天的にRASの書き換えが可能であるため、意図的にRASから脳幹や視床下部などのホルモンを放出する部位に信号を送り、心臓の鼓動や体温をコントロールしたり、痩せ易い体質や病気になりにくい体質にしたりといったことができます。こういった精密な身体コントロールはヨガ行者などが実際にやっていることですし、また、あまり気にしていないだけでヨガ行者に限らず、誰もが意図的に何らかの精密な身体コントロールを行なっています。

人間が意図的にコントロールできるのは筋肉だけではありません。体質を変えられるのですから、その気になれば意図的に下垂体に成長ホルモンを分泌させて身長を伸ばすことだってできるかと思います。(RASのコントロールによって身長を伸ばしたといった事例を聞いたことはありませんが…)

人間の脳の神経ネットワークは、まずDNAのデータに基づいて形成されます。ある程度神経ネットワークが出来上がり、外部から情報を入手したり、脳の中枢と神経ネットワークで情報のやり取りができるようになると、経験(外部刺激)と思考(脳の中枢からの刺激)によって神経ネットワークをさらに進化させるようになります。人間の脳の凄いところは、思考によって仮想現実で得た経験(シミュレーション)から新たに膨大な神経ネットワークを形成できるところであり、さらに、DNAによって先天的に獲得している神経細胞の活動電位の閾値を思考だけで後天的に書き換えることができるところです。

DNAによって定められた活動電位の閾値は単なる情報です。この情報は消せなえくても上書きすることが可能です。経験や学習によって活動電位の閾値を上書きするということは誰もがやっていることです。

人間はDNAによって植えつけられた恐怖を克服する能力を持っています。本能レベルで湧き上がる欲求をコントロールする能力があります。これらの能力の鍵はRASにあります。DNAによるRASの縛りは後天的に解くことができます。RASはDNAに依存しません。

まとめ~RASのコントロールを始めよう~

RASは様々な方法でコントロールすることができます。

セルフコーチングができる人なら、ゴールを設定し直すだけでRASをコントロールできます。「自分の行動や環境がRASにどのような変化をもたらすか」を経験的にわかっている人であれば、多少辛くても行動や環境を変化させてRASをコントロールすることができます。また、ただただ念じて自己暗示をかけるだけでも十分可能ですし、単に知識を取得するだけでもできます。

「そんなことじゃ無理に決まっている」とか、「そりゃ、少しくらいは効果あるとは思うけど…」みたいなスタンスだと当然RASのコントロールは上手くいきません。というより、実際、それはそれで上手くいっています。「無理に決まっている」と思っていれば実際に無理ですし、「少しは効果ある」と思っていれば少しだけ効果がでます。俯瞰的に見ると、これはこれで思い通りになっているわけであり、RASのコントロールが上手くいっていると考えることができます。

ゴール設定によってRASをコントロールし、現状の状態を変化させるには強い意志と継続が必要です。例えば、猫背の人が姿勢を良くするためには、まず意識的に背筋を伸ばして普段使っていない筋肉を使い続ける必要があります。最初のうちは意識による制御を怠ると、すぐに元の猫背の姿勢に戻ってしまうのですが、数週間も続けていれば意識せずとも無意識が良い姿勢をキープしてくれるようになります。

RASも姿勢と同様です。例えば、ゴールを意識しているうちは、RASが変化し、ゴールに必要な情報が見えるようになったり、ゴールに合ったコンフォートゾーンに変化します。しかしそのRASの状態を維持するには無意識がその状態をキープしてくれるようになるまでゴールを意識し続ける必要があります。

ただ、ゴールを意識に上げ続けるだけなのですが、日常を送りながらそれをやり続けるというのは意外と骨が折れます。どのくらい骨が折れるかというと、慣れない姿勢を意識的に維持することと同じくらい骨が折れます。これを難しいと捉えるか、簡単と捉えるかは人それぞれかと思います。ただ、「骨の折れる度合いがゴールの内容に依存せず殆ど均一である」ということを考えてみてください。これはゴール設定によってRASをコントロールする時の大きな特徴です。小さなゴールであろうと大きなゴールであろうとやることは同じなのです。ただゴールを意識に上げ続ける。どうでも良い小さなゴールの場合は、意識に上げ続けるという時間が勿体無いですが、逆に大きなゴールの場合は費用対効果が高すぎるので非常にコストパフォーマンスの良いRASのコントロール方法となります。

コーチの多くは、常にゴールを意識に上げ続けることができないという人に対しては、「じゃあ、朝起きたときと夜寝る前くらいはゴールを意識に上げてね」とアファメーションをお勧めします。姿勢で例えるなら「朝の歯磨きの時と夜の歯磨きの時くらいは良い姿勢をキープしてね」と言うのと一緒です。当然ですが、歩く時も座っている時も良い姿勢をキープした方が良いです。というより、歯磨きの時以外は常に猫背だったとしたらいつまで経っても改善されないということもありえます。アファメーションによるRASのコントロールも理屈はこれと同じと考えてください。何に対しても言えることですが、アファメーションを過大評価してはいけません。正確に評価することが大事です。

無理やり普段の行動や環境を変えるのは辛いことです。普段の行動や環境を変えるのは、コンフォートゾーンの外に移動するのと同じであるため、コンフォートゾーンがズレて慣れるまでの間は苦痛を感じます。でも、強制的な力が働いている場に飛び込んだり、後戻りできないように環境を変えた場合は、意識のコントロールが苦手な人(ゴールを意識に上げ続けることが苦手な人)でも半強制的にその場に合ったRASの状態を維持することになります。

コンフォートゾーンの外に飛び出すときは、自分をコンフォートゾーンの外に止めようとする力が働く場所を選ぶか、コンフォートゾーンの内側に戻りたくなくなるような仕掛けを作っておいてから飛び出す必要があります。どちらにせよ「もうこのコンフォートゾーンには戻らない」と覚悟を決めて飛び出さなければいけません。コンフォートゾーンの力は強力です。その力は無意識を支配します。意識をはっきりとさせておかないと人の行動や選択は無意識に支配されます。意識をはっきりさせておくとは、ゴールを意識に上げ続けるということです。ゴールを意識に上げ続けることで、コンフォートゾーンの力及び無意識からの支配に抗うことができます。しかし、ゴールを意識に上げ続けるということがなかなかできないという人もいるでしょう。そういう場合は、「覚悟を決めて、強制力の働く場に飛び込む」といった短期的な意志と勇気によってRASをコントロールすることです。どちらが良いというわけではありません。自分の性質を見極めて、状況に応じて使い分ければ良いかと思います。

自己暗示(自己催眠)が得意な人であれば、一瞬でRASを書き換えてしまうことも可能です。催眠術師が一瞬で他人の味覚をコントロールしてワサビを生クリームだと思いこませたりできるように、自分自身に暗示をかければ同様のことが可能な訳です。一瞬でRASが書き換わるとはいっても、暗示が解ければ元の状態に戻ります。一時的にRASを書き換える必要性がある時は自己暗示は有効な手段の一つです。例えば、「短時間だけ集中して勉強したい」とか「今この瞬間だけコンフォートゾーンを書き換えたい」といった時に使うと良いかと思います。

知識の取得によってRASを書き換えることも可能です。というよりRASは毎秒毎秒情報のインプット及び整理によって書き換わり続けています。ただし、基本的には誤差程度に書き換わっているだけですが、稀に少ない情報量で大きく書き換わることもあります。

RASが大きく書き換わる状況というのは、信じていた情報が全くの間違いだと気付いた時や、ゲシュタルトの形成に必要な情報のピースが揃って抽象度の高い概念が作られた時、重要度順に並べられた評価軸の順序が書き換わり価値観が変化した時などです。

例えば、信じていた人に裏切られると過去を含むその人の全てを信じられなくなることがあります。これは裏切られたという一つの情報が入力されたことをきっかけに、その人に関するあらゆる情報の正当性が揺らぎ、ゲシュタルトが崩壊したことで起こる現象です。その後、思考によってバラバラになったゲシュタルトが再度別の形になって形成されるのですが、その過程で「近寄られると嬉しい」から「近寄られると怖い」に変わるなどといった現象が起きます。同じ情報がインプットされてもゲシュタルトが再構築される前と後で、誘発される情動が変化したりするのです。

ゲシュタルトを崩壊させるような知識を積極的に取り入れることでRASの書き換えが可能になります。ただし、この場合どのように書き換わるかを予想するのは難しく、意図的にRASのコントロールができるのは稀です。

意図的にRASをコントロールする場合は、基本的には大量の知識のインプットが必要になります。例えば「自信をつけてコンフォートゾーンを広げたい」と思ったときは、その分野における知識を大量に取得して「この分野を完全に理解した!」と思えるような状態になれば、自然と自信が湧いてコンフォートゾーンが広がります。

どんなやり方でも構いませんが、意識的にRASをコントロールしてみてください。RASを自在にコントロールできるようにならない限り現状(過去の自分)に縛られ続けます。DNAや過去の経験によって形成されたRASが勝手に、認識に上げる情報を選択し、無意識の行動を制御し続けます。これでは自由意志がある状態とは言い難いです。人間の尊厳が尊重されているとは言えません。過去に縛られて生きることが「奴隷の生き方」と揶揄される理由はそこにあります。

私たち人間は、生まれながらに過去の自分に支配されて生きています。(余談ですが、解脱するにあたって障害となるのは、自分から自由になることと言えます。)死や解脱によって過去の自分から自由になることは可能です。また、自分の意思の一切を捨て、選択の全てを他人の意思に委ねることで自分から自由になることもできるでしょう。(ただし、この場合は他人に支配されている状態ですので、死や解脱のような完全なる自由とはいえません。)

個人的には、0か100かで考える必要はないと思っています。「100%自由である必要はなくて、50%くらいは過去の自分に縛られてたって別に良い」というのが私の考えです。私の主張は「過去の自分から100%自由であれ」ということではなく、「過去の自分に100%支配された状態から抜け出しましょう」ということです。その手段の一つとしてRASのコントロールは非常に有効的です。