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No.11 セルフコーチングの嘘

苫米地博士然り、私もセルフコーチングに関して時折「嘘」とも思える発言をします。「なぜわざわざ嘘をつくのか?」「私たちを騙しているのか?」と疑問と憤りを感じた方も多いかと思います。

ですが、「セルフコーチング」という人の人生を左右する情報を扱う身として言わせてもらうと、「ある程度の嘘(方便)は必要である」と主張させていただきます。

なぜ必要なのかはこれから順を追って説明します。この記事を読み終えた後は私たちが「あえて嘘をつく理由」にも納得いただけるはずです。

嘘の種類


まず、誤解のないよう最初に「嘘」の定義を示しておきます。嘘とは「事実ではないこと。 人間をだますために言う、事実とは異なる言葉。」のことです。ここではそれに加えて、「何らかの誘導を目的に情報を隠す行為」も嘘として考えます。

嘘にはいくつかの種類があります。順に嘘の種類を分類し、「セルフコーチングの嘘」がどの種類の嘘に当てはまるかを説明いたします。

1.意図しない嘘
2.意図的な嘘

まず、1の「意図しない嘘」についてですが、これは嘘というか単なる誤情報です。情報を誤って解釈し、嘘をつく本人も正しい情報と信じてついてしまう嘘が1の「意図しない嘘」になります。ここでは「意図しない嘘」については言及せず、2の「意図的な嘘」に限定して話を進めます。

2の「意図的な嘘」もいくつかの種類に分類できます。

2-1.自分に対する嘘
2-2.他人に対する嘘

2-1の「自分に対する嘘」は、これはコーチングの視点から説明すると、「現状維持のためにhave toを選択する際に自分を納得させるためにつく嘘」です。この嘘をつかないように日々を過ごすことがセルフコーチングを実践するにあたって重要なことでもあります。もう一つ「自分に対する嘘」があります。それは「思考を放棄するための嘘」です。人間の脳では、いくら考えても解からないことが沢山あります。しかしながら、その解らないことをいつまでも考え続けていては、他の必要な思考ができなくなってしまいます。人間は生きるにあたって、ある程度のところで何らかの仮定を構築して納得する必要があります。その「仮定を構築して納得する」という行為が「思考を放棄するための嘘」で、これは人間にとって必要な嘘です。ただし、どの段階でこの嘘をつくかは、状況に応じて変えていかなければいけません。必要な嘘だからと言って、何でもかんでも雑な仮定を構築して考えるのをやめるのは怠慢です。この「嘘」は探求し続けなければいけないことと、それほど考える必要のないことの取捨選択が必要な「嘘」となります。

2-2の「他人に対する嘘」についてですが、これもいくつかの種類に分類できます。

2-2-1.情動操作のための嘘
2-2-2.自分のための嘘
2-2-3.他人のための嘘

2-2-1の「情動操作のための嘘」は、冗談などの娯楽のためにつく嘘や、皮肉などの相手に嫌な気持ちを与える嘘です。「情動操作のための嘘」は、相手にポジティブな情動を与え、かつ、すぐバレる嘘であること以外はつくべきではないでしょう。2-2-2の「自分のための嘘」は自己利益のために他人を騙すような嘘です。言うまでもなくこの嘘はつくべきではありません。2-2-3の「他人のための嘘」は他人の利益のために敢えてつく嘘です。「セルフコーチングの嘘」は「他人のための嘘」に該当します。

なぜ「他人のための嘘」が必要か

「内観」という言葉をご存知でしょうか?「内観」は「身調べ」という浄土真宗の僧侶たちが行っていた自己反省の方法を万人向けに作り替えたものです。「内観」にも複数の流派があるのですが、私は過去に吉本伊信の内観療法を学ぶために集中内観という168時間(一週間)の内観合宿に参加したことがあります。

内観の中に、過去に自分が犯した「嘘と盗み」を観察するという修行があります。この修行は数日間食事も取らず(食事を取るパターンの修行もある)、睡眠とトイレの時間以外は座禅し「徹底的に自分の邪悪な部分を見つめる」という大変苦しい修行です。座禅をし続けることや空腹が苦しいのではなく、「普段目を背けて見ないようにしている自分」を長時間見続けるということが大変苦しいのです。内観には「浅い」「深い」といった内観への没入度合いがあり、内観が深い者ほどしっかり内観に打ち込めていることを示します。私は大変お覚えが悪く、7日間のうち最初の5日間は全く集中できずに浅い内観を続けておりました。「普段目を背けて見ないようにしていたことを見る」というのはそれだけ大変なこととも言えるかと思います。

内観についての詳細は、機会があれば別の記事で書くかもしれませんのでこの辺りで終わりにします。内観には、自分が犯した「嘘と盗み」を観察する修行があると言いましたが、この修行の際にどのような「嘘」を観察するかというと、「自分のためについた嘘」を観察します。つまり、少なくとも内観では「他人のためについた嘘」は悪いものではないという認識なのです。

また、一般的に考えても「他人を想ってつく嘘」は悪いものではないでしょう。例えば、大人は子供のためによく嘘をつきます。というか、人間が使う殆どの文章には嘘が混じっています。「火は危ないから使っちゃダメ」なんてのは良い例です。「これは別に嘘ではないだろう?」と思う方もいるかと思いますが、これも立派な嘘です。まず、「火は危ない」これは正しいようで厳密には正しくありません。「火」は「使い方を誤れば危ない」のであって、正しく使えば便利な道具であり、人間が使っている殆どの「火」は「便利な道具」として安全に機能しています。次に「危ないから使っちゃダメ」という論理も正しいとは言えません。「危ない要素」のあるものが使用すべきでないとしたら、人間は殆ど何もできなくなってしまいます。そんなことは誰でもわかっていることで、実際その子供が小学校中学年くらいの年齢になれば、大人は「火は危ないから使っちゃだめ」などとは言わず、「火つけて炭起こしておいて」とバーベキューの準備を手伝わせるくらいのことをしてるでしょう。

詭弁のように思うかもしれませんが、セルフコーチングの説明の多くは言語によるものですから、これくらい厳密に考える必要があります。なぜ、大人が子供の言語能力(言語抽象度)に合わせて、言葉を選び嘘をついているのかというと、理解できない情報を与えると子供に危険が及ぶからです。どう考えても火を扱えない言語能力が未発達な年齢の子供に、「火は便利な道具で適切に使えば安全だよ」と言うよりは「火は危ないから使っちゃダメ」と言った方が良いのです。これと同じで、セルフコーチング初心者(セルフコーチングの理解度が低い人)には、扱い方を間違えれば身の危険が及ぶ情報は教えない方が良いということです。

大人が子供を守るために嘘をつくように、セルフコーチングに関する情報も実践者を守るために多くの嘘が発信されています。ですがその子供がある程度大きくなって「真実を伝えても大丈夫だろう」と思えたときには真実を言うように、私も「セルフコーチングについてある程度習熟しており、言葉の理解度も十分あるだろう」と思える人に対しては、真実のセルフコーチングを語りますし、苫米地博士もDVDや苫米地ワークスなどで視聴者のセルフコーチングの習熟度に応じた情報発信を行っています。

先ほど記述した「内観」も「扱い方を間違えれば身の危険が及ぶ情報」に該当します。内観を実践する際は大抵の場合、まず「内観研修所」に行きます。内観研修所で所長の指示のもと内観を実践し、一時間おきに報告を行いながら、内観のやり方を軌道修正していきます。なぜその必要があるかというと、それを行うことで「内観の効果をより高める」ということもありますが、それ以上に「内観によって精神が病む」という危険を避けるためでしょう。

過去の過ちを繰り返し思い出すことで自尊心を下げたり気分を悪くして、鬱病やトラウマなどの精神疾患を患う人がいますが、「そのような人が行っていること」と「内観」の違いがわかるでしょうか?一見同じことを行っているように感じますが、実際は異なります。内観には様々な注意事項やルールがあり、それが分からない人が誤ったやり方で実践すれば精神を病むのです。

内観は過去の記憶を利用した内部表現書き換え技術です。内観を行えば精神の深いところが書き変わってしまうので、深い内観を行えた人は、短期間でまるで人が変わったかのように人格が変わり人生を好転させます。私は内観もセルフコーチングの一種と考えていますが、一般的なセルフコーチングは「過去は一切関係がない」と、過去に関する情報を用いてセルフコーチングを行うことを禁止しています。過去の情報は扱い方を誤ると人生を変えてしまうほどの危険が及ぶからです。なので、誰でも閲覧可能な場においては「過去は一切関係がない」と過去の情報の扱いを禁ずる方向に、セルフコーチング初心者を誘導するのは正しいことであり、コーチはそのように言わなければいけないのです。

セルフコーチングには、理解度が低い人が実践すればマイナスの効果をもたらす技術が無数にあります。そのため、書籍等を読んでセルフコーチングを始めようとする人が危険な方向にセルフコーチングを実践してしまわないように敢えて嘘をついて安全な情報に厳選し、軌道修正しているというのが現状なのです。

私のブログ記事に書かれている嘘と真実

苫米地博士の書籍は、「セルフコーチング」という言葉を聞いたことがない人も読者として想定して書かれています。そのため、誰が読んでも安全な情報しか書かれていません。私のブログは、ある程度コーチングの知識を持っている「セルフコーチング中級者以上」が読むという前提で書いています。万が一、全くコーチングの知識を持っていない人が私のブログにたどり着いたとしても、私の書く記事はコーチング用語が特に説明もなく無数に散りばめられていているので、コーチングの知識がない人は全文読み終える前に読むのを諦めてしまう仕掛けになっています。そのため、無料の記事でも、博士の書籍に書かれているセルフコーチングの情報より深く突っ込んだ情報を発信することが可能となっています。(この記事もそのうちの一つでしょう。「過去の情報に関する言及」など一般に公開すべきではないことを書いてしまっていますが、それが書けるのはこの記事の読者層が「一般人」ではなく「セルフコーチング中級者以上」に限定されているからです。)

私が書く無料記事では、いくつか一般的なセルフコーチングに対して否定的に記述しているものがあります。そしてその後により良い方法を提示しているわけですが、それが可能なのは私のブログの読者層が一定以上のセルフコーチングに関する素養と、それなりに長い文章を読み文章全体から意味を汲み取る力があるからでしょう。ただし、より危険度の高い情報に関しては有料記事で発信しています。私の有料記事を購入される方はある程度私の無料記事を読み込んでいる方でしょうから、セルフコーチングの理解度はかなり高い人と考えられます。もし、私の無料記事を全て読み込んでいるのなら、セルフコーチングの理解度はおそらく認定コーチになりたての初級コーチレベルの知識はあるでしょう。そのため、私の有料記事はセルフコーチングについてプロコーチレベルの理解度を身につけている人を対象に発信しています。

苫米地博士の書籍にたくさんの方便(嘘)が織り込まれているように、私の無料記事でも多くの方便が織り込まれています。それが何かはここではお伝えできません。ですが、ヒントを言うなら、記事を読んで「本当にそうだろうか?」と感じることができたポイントは「何かしらの方便」や「敢えて隠されている真実」が紛れているかもしれません。また、そのように感じることが多くなってきたなら、それはセルフコーチングの理解度が一段上がる前兆とも言えます。まずは苫米地博士の書籍で書かれているセルフコーチングの理論から、矛盾や説明不足を感じる内容や、「よくわからないけど博士がそう言っているのだからそうなのだろう」と疑いなく信じていたことを徹底的に考察してみることをお勧めします。基本的に私の無料記事では、セルフコーチング初〜中級者が博士が無料で発信している情報や安価に手に入る書籍等の情報について「考察した結果生まれる疑問」を解消できるようなことを公開しています。そして、無料記事を読んでなお生まれる疑問を解消できるようなことを有料記事で公開しています。

まず、博士の書籍に書かれている情報やyoutubeなどで無料で手に入れられる情報を知って、「これ何かおかしくないか?」と気付けることが大事です。例えば、ブリーフシステムの数理哲学的定義「{W ∀y∃xp(x,y)} x,y∈宇宙」についてはyoutubeで無料で知ることのできる情報ですが、この情報を知って違和感を感じることができたでしょうか?あくまでも私の観測範囲に限定されますが、プロのコーチでも「本当にこの式は合っているのか?」と疑問を持つことができた人は少ないようです。ましてや、どの部分が間違っているのかをはっきり説明できるコーチはかなり限られてくると思います。(ヒントを言うと、この式はブリーフシステムの一部の機能を定義したものに過ぎず、ブリーフシステムそのものを定義したものではありません。博士が間違って説明していたというよりは、敢えて一部の情報しか伝えなかったのでしょう。)

ブリーフシステムの数理哲学的定義は無料で公開されている情報ではありますが、この式の問題点については若干抽象度の高い情報なので無料の記事では説明しません。(裏セルフコーチングの「特典記事No.8 情報宇宙とセルフコーチング③」に収録済みです。)ここでは一例として、「実はこの式は何かおかしいですよ」とだけお伝えしておきます。

セルフコーチングの全貌

散々「嘘」の情報があると言いましたが、セルフコーチングの目的(現状の外側のゴールの達成)に反した情報を流しているわけではありません。正確にいうなら、「{W ∀y∃xp(x,y)} x,y∈宇宙」の例のように、一部の情報を見せて全体を示しているかのように言っているだけです。

もう一つ例をあげますと、苫米地博士の書籍には「コーチングとは〇〇だ」とコーチングを定義したものが沢山ありますが、書籍によってその定義が変わっていたりすることがあります。正確に言葉で定義されているため、一冊の本を読んだだけで、まるでコーチングの全体像(コーチングという概念)が理解できたかのように錯覚させられます。しかし、書籍ごとに書かれているコーチングの定義は、コーチングという概念全体のうちの一部を表現したものに過ぎません。

そのため、「嘘の情報」と言いつつも、その一部の情報自体は正しい情報なので、そのまま受け入れて活用してもらってもなんら問題がありません。一般的に公開されている情報は「ノーリスクで安全なセルフコーチング」であり、「リスクの危険はあるがより高い効果を得られるセルフコーチング」が限定的に一部の人にだけ知られているというだけのことです。効果が高いとは、「よりゴールの達成能力が上がり、より短い時間でゴールを達成できる」ということです。しかし、一般的に公開されている情報と違ってリスクのある情報なので、正しく情報を理解し運用していかなければいけません。


博士の書籍に書かれた「コーチングの定義」を知っただけでコーチングという概念全体を理解した気になってはいけないのと同じように、セルフコーチングの一部を知っただけでセルフコーチングを理解した気になってはいけません。セルフコーチングはかなり奥が深く、人の脳の仕組みがわからなければ全てを理解することは不可能でしょう。現時点で人の脳は完全に解明されていませんし、意識を持った人工知能の実現どころか意識を数学的に定義することすらできていません。セルフコーチングは科学と哲学の発展とともに、更新され続けるものであり、その全貌はいまだに明らかではないのです。

一般的にセルフコーチングとして認識されている知識は、すでに解明されている脳機能の一部をもとに作られたものです。守秘義務を必要とする「苫米地博士の発信している情報」や「私の発信する情報」も、すでに解明されている脳機能の一部や最新の科学・哲学に基づいて作られたものですが、それに加えて、超情報場仮説のように博士独自の仮説をもとに作りあげたセルフコーチングもあります。

セルフコーチングで圧倒的な結果を出すには、それらのより深い知識が必要ですが、やはり基本は大事です。というよりは扱いが比較的容易な基本的な情報を正しく扱うことができていないのなら、それらの深い情報を得てもその情報を正しく扱うことはできないでしょう。例えば「セルフトークを気をつけなければいけないのはわかっているのに、どうしても他人の悪口を言ってしまう。」といったように、基本的なセルフコーチングが出来ていないのなら、上級者向けのセルフコーチングを正しく実行するのは難しいということです。

ただし、上級者向けのセルフコーチングを理解することで、基本的なセルフコーチングが上達するということはあります。なので、基礎を固めるために上級者向けのセルフコーチングを理解しておくという手段はありでしょう。基礎が固まれば結果的に上級者向けのセルフコーチングに関する情報の扱い方もわかってくるかと思います。

この記事は「セルフコーチングの嘘」という一般的なセルフコーチングを否定するようなタイトルとなっていますが、最終的な私の主張はその真逆で、一般的に公開されている基本的なセルフコーチングを受け入れ、しっかり実践できるようになることの重要性を主張しています。この記事の読者が、私の主張を誤解して一般的なセルフコーチングを疎かにしてしまわないよう、はっきり「基本的なセルフコーチングの重要性」を明言しこの記事を終わりにいたします。